人生、暇なり!!!孤独なりなり!!!

社会人2年目ぼっち男。口と手が動くプログラマーを目指す。友達と彼女作る。

救いの手が無い人生だったけど俺は生きている

これは自分語り&雑記である

 

 久々に母親から電話があった。涙ぐんでいるようだった。でも俺は特にそれに触れず、事務的に応対して電話を切った。「おやすみ」の後、「声が聴けたら十分だわ」と最後に言われた気もする。途中で電話を切ったから、最後まで聞き取ることができなかった。

俺は生きてきた25年の内、後半の10年以上を絶望の中で生きてきた。中学で対人恐怖症を患い、痙攣性発生障害を患い、過敏性腸症候群を患った。少なくとも大学卒業まではそれが続いた。親が望んだのか、俺が勘違いをしたのかわからないが、小さい頃から家庭の期待にがんじがらめにされて生きてきたせいで、人格がぶっ壊れていた。

親は気が付こうとしなかったのか、俺の隠蔽が巧みだったのか、息子の精神が10年以上に渡って完全にぶっ壊れた状態であったことに気が付かなかったようだ。ただちょっと変わった子程度に思っていたのかもしれない(気質的に変わっている子ではあったと思う)。

 第一印象はよく見られる。明るそう、優しそう。しかしそういう印象を長く保つのは難しい。大学の時は某運動部に所属していたが、4年間を共に過ごしたあるやつに言われたのは、「お前は人を愛するということがないだろう。何を考えてるか全くわからない」という本気の一言。確かにそうだろう。外から見た俺は不気味だったと思う。そいつとはもう一切連絡を取っていない。俺は嫌いじゃなかったが、彼にとって俺は受け付けられない対象だったと思う。友達思いのいい奴であり、彼に落ち度はない。

父も母も容姿がある程度まともだったせいで、俺の外見はそこまで悪くない。だから第一印象と合わさって、何で彼女がいないのか不思議がられることもよくあった。単純に恋愛などできるような精神状態じゃなかったのである。もし天地がひっくり返って誰かと付き合っていたならば、たぶんモラハラになっていたと思う。

 会社に入ってからデートを重ねるようになった子もいた。確実に両思いであったが、やはり「あなたはどこまで本気でどこまでが冗談なのか全く分からない」と言われた。その通りだと思う。俺は良く冗談を言うし、人を笑わせるのも好きが、これは恐らく人との関りで生まれる恐怖から逃れるために、無意識的にやっている癖である。

彼女とは半年くらいなあなあな関係が続いたけれど、結局付き合えなかった。転勤を機に遊びやLINEを一切絶ったのである。相手のLINEに対してもとにかく雑に対応して、終わらせた。何かが恐ろしくて切りたかった。アホかと思うかもしれないが、今でも好きである。この間会って飲んだときに、相手も未練があるようなことを言っていたが、数カ月前にようやく彼氏を作ったらしい。美人かつ聡明な子だったので、当たり前である。とりあえず茶化して、煽りつつ、祝っておいた。

 最初に戻る。恐らく母は社会人になってから異常に態度が冷たくなった息子の埃をかぶった部屋を散策していたんじゃないだろうか。そうしてあるノートを開いたら、昔書きなぐったらしい超絶鬱な文章が目に飛び込んできた。仮にそうだとして、息子の問題に気が付かなかったことに後悔した母や父が俺に対する態度を変えたとしても、俺は受け入れない。

もしかしたら両親に落ち度はなかったのかもしれない。俺がすべて悪かったのかもしれない。そうだとしても無理である。10年間の絶望の日々で生まれた周囲の人間に対する失望感は、どうやっても拭えるものではない。尋常ではない苦しみであった。気が付いてくれなかった失望感。これは自己中心的であるが、許しがたいのである。

 ただ辛く、悲しく、虚しい日々の中で、俺は決して自ら命を絶つことなく、人に喚き散らすこともなく、踏ん張って生きてきた。そして今の俺は、いずれの神経症もある程度脱している。まだ完全ではないが、ようやく人間的な生活を送れるようになってきた。ここまで持ってきた、生きてきた自負がある。これからどんな絶望が押し寄せても、それなりに対抗できる自信がある。

 あなたがもし、以前の俺のような人生を生きている最中で、今すぐ死にたいと思っていたとしても、生きることを勧める。特に学生の人は、働くようになるまで粘ってほしい。もっともらしい理由はない。ただ俺は、まだ生きるのが辛いけど、それでも生きていてよかったと思える。だから生きることを勧める。

普通の社会人になれない。どうやって生きるか。

普通の社会人であることが難しい

 学生を卒業し、一部上場老舗企業の一員となって、1年半を過ごしたけど、やっぱりどう考えても俺はこの世界に向いていない。普通でいることがあまりに難しい。社会人として当たり前に出来るべきことが、俺には受け入れがたい。例えば、上司から言われることに素直に従うのは物凄く難しい。上司の意見があまりに自分と食い違ったら、それを口頭では受け入れても、実行することが容易ではないし、実行したとしてもいつまでも葛藤が残る。

社員研修は時間の無駄にしか思えない

 最近であれば、社員研修(精神面の自己啓発的な研修)の後に課題を出されたのだが、こんなもの自分にとっては時間の無駄であるとしか、どうしても認識できず、存在自体を忘れて、提出が遅れ、担当者にブチ切れられた。しかし、一応謝って事なきを得たとしても、受け入れられないのである。腹に尋常ではない葛藤が残る。相手にも自分にも半端ではなくイラつくのである。何故こんなものをやらなくてはいけないのか。仮に反論したとして、自分の立場が危うくなったり、奇異の目で見られるのは、これまでの経験でよくわかっている。

自社製品が大嫌いだ

 さらにもう一つ挙げよう。俺は自社の製品が大嫌いだ。死ぬほど嫌いだ。特定されないためにボカすが、IT製品とだけ言っておく。特別人気ではないものの、それなりの数の企業で採用されている。これはクソである。なぜクソか?他に遥かに優れた製品が沢山あるからだ。例えば、この分野の製品提案を求められたとき、俺は弊社社員であるから、自社の製品を提案しなければならない。何故クソだと分かっているものを提案しなければならないのか。顧客が納得すればいいのか。俺はそうは思えない。

 俺は営業ではないから、以上はあくまで例えだ。だが、自社製品を導入した会社をサポートすることがある中で、毎回毎回イライラするのである。どうしてこんなクソなもの導入し、俺はこれをサポートしなければならないのか。社員としてそれは当たり前のことであると理解できるのだが、受け入れたふりをして業務にあたるのがしんどいのである。潔癖症に近いのかもしれない。

 なお、この製品は、客観的に見ても恐らくクソである。余りに保守性が低い。そしてこちらのサポート体制として、属人化がひどい。見栄えも悪い。あまりにイライラしたので、一度会議で指摘したこともあったが、奇異の目で見られた。当たり前である。入社1,2年の若造が、何を馬鹿なことを言ってるのか。至極当たり前である。

脱普通の社会人

 ここまで読んでいただいて、俺が社会人としてどれだけ低次元のところで苦しんでいるのかご理解頂けたかもしれない。ただの馬鹿か駄々っ子にしか見えないかもしれない。しかし俺は嫌なのである。出来ないのである。どうしても嫌なのである。

 そんな俺がこの先生きのこるには、社会不適合者が沢山いるような会社に努めるか、独立するしか道がない。おそらく俺は今の会社に40年もいられないし、既に精神の病みを感じる。このブログはそんな現状から抜け出す足がかりにしたいと考えている。本気で動き出す必要があると感じている。

 

大切な人間には本気で接するべきである

 今回の記事は一種の気の迷いかもしれない。しかし、精神があまりに高ぶっているので、書いてしまおうと思う。

人付き合いは大切である

 俺は24歳にしてようやく、きちんと人付き合いをしたいと思うようになってきている。何度か書いているが、暗黒の学生時代を過ごした結果、俺はつい最近まで限りなく人付き合いを避けて生きてきた。幸い趣味はたくさんあったし、特に学生時代は熱中する時間もあったから、それほど退屈することもなかったのだ。しかし働くようになり、自分の時間を忙殺される中で、今後の40年を憂うようになってきた。割ける時間が少なくなるにつれ、趣味に対する熱度も冷えて、生きがいのようなものを見い出せなくなったからだ。また、ソロ充的な生活に本心では満足感を得ておらず、結局は人付き合いが最も幸福感を感じる遊びであると、無意識的に理解していたからかもしれない。

大切な人間はそう現れない

 人付き合いの重要性を強く感じるようになってから、今までに多少は存在した人間関係を振り返るようになった。そして振り返れば振り返るほど強い後悔を感じるのである。大切な人間には適切に感情を表現したり、関係を持続する努力を見せるという、ある意味当たり前の感覚が大きく欠けていた。学生時代、本当に仲の良かった少数の友人とさえ、もうほとんど連絡を取っていない。

そして、関係を続ける大変さだけではない。働き出してから、大切だと思う相手がより現れ難くなってきたと感じている。これは学生時代までと違い、人間関係はよりビジネスライクになるし、良くも悪くも人間のタイプが雑多になり、レベルや価値観の合う人間が相対的に少なくなっていくからだ。

そして追い打ちを喰らった

 人付き合いの後悔という意味での軽いジャブは何発も受けていたのだが、今回ばかりはストレートをもろに喰らった気分だ。同性の友人との関係に対する後悔もあるのだが、破壊力でいえばやはり異性とのそれである。

心底驚かれるかもしれないが、俺は働くようになってから、しばらくいい関係だった異性がいる。厳密に言えば、今も非常に仲が良い(だからこそダメージが大きいのである)。今はともかく、当時の俺と彼女は少なからず異性として互いに好意を持っていた。しかし結局きちんとは付き合わなかったのだ。物理要因としては、俺の遠方への転勤であったが、基本的な原因は俺の思考・精神面にあった。

そして今回、何カ月かぶりに、彼女と再会したのである。以前ほどではないが、やはりお互いに対する情は残っていた。しかし彼女には既に相手がいた。無論、ストレートとはこれに対する後悔である。

理屈を考える必要はない

 彼女と少なからずイチャイチャしていた当時の俺は、まだ学生時代から変わらず「人付き合い」よりも「人避け」を選ぶ質であった。その上、環境が変わるのに合わせて人間関係をリセットするのが常であった。それはやはり彼女に対しても適応されたのである。特に距離が大きく離れるのだから、仮に付き合ったとしても続くはずがないと決めつけていた。あまりに唐突に、関係を絶ったのを覚えている。

人間関係に対する考え方は、当時から1年経って大きく変わった。久しぶりに会った友人には驚かれることがある。随分と人に関心を持つようになったとか、そういう酷いレベルのことすら言われる。あの時、彼女と関係を絶った瞬間に、今まで感じたことのないほどの、絶望に近い後悔を味わったことが、1つの要因であることは間違いないだろう。

そして今回、久しぶりに再会して、相変わらず非常に気が合うのを確認すると、あの時の後悔がよみがえってきた。そうしてこんな記事を書いたのだ。彼女には既に相手がいるし、いまさら何をすることもできないので、これからも良き友人であろうとは思う。

 今一度、振り返ってほしい。今までに出会った特に大切な友人や恋人と、ほとんど同じような人間と会ったことがあるだろうか。俺は無い。皆、唯一無二であった。失えばもう会うことはないのである。自分の頭の中にある理屈や習慣がどうあれ、大切な人間に関わることは最優先にすべきだ。適切に、時には強引に感情を表現し、関係の継続に対する本気の姿勢を示すべきである。もちろん、ストーカーになれと言っているわけではない。関係継続に対する適切な姿勢を見せ続けるべきなのである。

最後に

 というわけで、めげずに出会い系と街コンでめっちゃ頑張る!!!というのは3割くらい嘘で、大切な人間との関係継続は物凄く重要なことであると感じている。俺自身、前よりも周りに対して気さくに連絡を送るようになった。別に無視されてもいいんだ、特にしばらく連絡とって無かった友人とかね。こちらの意思が相手とずれていたら、それは諦めるしかない。でも、こちらの姿勢は見せた方が、あとで後悔しないんだろう。

人生はやっぱり運命である

 題名通り、本日は非常に素晴らしい出会いがあった。人生で初めて参加した街コンにて、俺の思う限りの理想を詰め込んだような女性と出会い、意気投合し、来週の土曜日に二人で食事に行く約束を取り付けることができたのである。なんてことはなく、どちらかというと嘆き系の記事になると思う。

 俺は土日、つまり休日が憂鬱で仕方ない。もちろん仕事のある平日が好きというわけでもなく、単に休日が退屈というだけ。少なくともこの地に俺の友人はいないし、彼女いない歴=年齢であるからにして、親しい女の子の知り合いがいるはずもない。1人で行動すればいいと思うかもしれないけど、大学生時代から今までの間で、一人遊びに飽きてしまった(大学時代にも一応、多少の友人関係はあったけど。)。他人と過ごす時間も1人で過ごす時間も、バランスが良くないと飽きたり、苦痛になってしまったりするものなんだな

 人間関係の構築を怠ってきた自分が悪いと言われそうだが、俺は俺なりに頑張ってきた面もある。詳細は語らないけど、上手くいかなかったとだけ。一番の原因は、発声障害によって人付き合いに物凄く疲労するようになってしまったこと。喉の筋肉が誤作動を起こして、うまく声が出ないという障害を持っている。他人からパッと見た感じでは、違和感がないらしいのだけど、当の本人は滅茶苦茶しんどい。どれでけ力を入れても、声が弱弱しくなったり、出なかったりする。日によって調子も違うし、ストレスとプレッシャーが半端ではない。そして治らない。

 続々と不幸自慢をしても仕方がないが、俺はおそらく発達障害持ちでもある。小学生のころから、忘れ物が半端ではなかった。あまりにやりすぎて、よく先生から怒鳴られたもんだ。これについても、どれだけ気を付けても当時は改善を出来なかったという事実がある。俺に責任が無いとは言わないが、文句を言うなら俺の脳味噌に直接文句を言ってくれと言いたい気分である。

 だが同時に恵まれた面もあった。プログラミングに対する適性がある程度は高かったことだ(ネットで色々な人を見る限り、決してトップレベルの才能ではない)。俺が習慣的にプログラミングをするようになったのは会社に入ってからだが、社内研修時は常にトップであった。また、学生時代から運動神経とスタミナに優れていた。これらのおかげで楽に過ごせた時期もある。

 総括する。では悪い面に対して俺が努力を怠ってきたかというと、そうでもない。発声練習は非常に頑張ってきたし、物忘れをしないようにタスク帳を徹底している。実際にそれによって改善もあったけど、依然として健常者からは程遠い。逆に恵まれた部分に関して努力したかというとそうでもない。俺はただほかの人と同じように研修を受けただけだし、人並みにトレーニングをすればマラソン大会では常にトップ集団だった。

 

だから題名通り、人生は運命だと思う。努力に見合う結果が出るわけでもないし、適性があれば努力しなくても一定の結果が出る。それは良いことでも悪いことでもなくて、受け入れるものなんだろう。だから今、厳しい人生を進んでいる人は、ただ生きるしかないんだと思う。ただ生きて、必要だと思う努力をし、あとは運命に委ねるしかない。

 

というわけで明日は会社をさぼる!!!(何も関係なし)

 

 

 

社内ニートなエンジニアが勉強しておくと良いこと

 突然だが、今の俺には仕事が無い。いや、あるにはあるのだが、仕様の決定が9月中旬だったり、参加しているプロジェクトがだいぶ遅延していたりする。だから使う予定のライブラリをゴニョゴニョするとか、今やれることはそれしかない。まあ俺は性格もちょっとひん曲がっているし、その割にスキルが高いわけでもない(2年目相応だと思うが)から、仕事を頼みずらいというのもあるだろう。何はともあれ今のところ社内ニート状態が2, 3日継続している。飽きっぽい人間なので、とにかく苦痛だ。

 一時期は2週間ほど社内ニートだったことがある。今回は微妙な空き時間だが、その時はしばらく仕事の無いことが分かっていたので、開き直って勉強ばかりしていた。仮想環境にDebianを入れ、Pythonを使って、TCPサーバー、Webサーバーを自作したりして遊んだ。先輩社員が少ない時は、社内に積んである日経NetWorkを堂々と広げて読んだりした。ネットワークやそのプロトコルについてはもちろん、プロセスとスレッドなど、より基盤に近い知識を得るきっかけとなり、非常に効果があったと思う。

 というわけで、しばしば社内でニートなエンジニアを務める俺から、同じく栄誉あるポジションを賜った諸君へ向けて、恐ろしく忙しい時間を有効活用するために、勉強しておくと役立つことを書き記していこうと思う。

 

1.TCP/IP

 現代のデータ通信の仕組みにおいてはTCP/IPを用いることが非常に多い(ここではUDPも含めて考える)。たとえばWebの世界ではHTTPという、TCP/IPの上位プロトコルを用いて通信を行うのが一般的だ。また、SIという業界では、未だにWindowsFormなどを使ったクラサバ系のシステム開発を行っているところも多いが、ここでもデータの通信にはTCPを使うことが多い。Oracleに触れたことがある人ならわかるかもしれないが、リモートでOracleに接続するとき、通信はTCPによって行うのが普通だ。Oracleへの接続設定として、tnsnames.oraというファイルを書くことが多いが、この中にもTCPなどの通信方法を書き込む欄が存在する。したがってあらゆる場面でTCPというものは使われているし、言葉としても出現するので、勉強しておくと間違いなく得である。

参考URL:TCP/IPの技術解説

参考図書:マスタリングTCP/IP 入門編

 

2.プログラム動作の仕組み全般

 TCP/IPなどのインフラ系知識は必須だ。これらの技術は今後も活用されるが、今後需要が大きく伸びていくのは、よりアプリケーション的な技術の方だろう。何故なら今はクラウドが台頭してきているからだ。一番有名なAWSをはじめとしたクラウドの世界では、アプリケーション上で仮想のサーバーが立ち上がり、それらが仮想のネットワークでつながり合う。物理的な要素が薄れてきたがゆえに、スクリプトでインフラを構築でき、それを使いまわせる時代だ。アプリケーションの需要はどんどん高まっている。そういう点で、アプリケーションの仕組み(プロセスやスレッド、メモリなど)について知っておけば必ず役立つ。実際にプログラミングをしていると、その知識の有る無しで大きく理解度が変わる。ぼやっとしたテーマになってしまったが、参考サイトはチェックしておけば役立つだろう。

参考URL:イケてるエンジニアになろうシリーズ 〜メモリとプロセスとスレッド編〜

参考書籍:いいのが見当たらない。勉強したいのでぜひ教えて欲しい。

 

3.データベース

 最後はデータベース。今やデータベースを使わないアプリなど存在しないともいえる。IOT等によるデータの収集、ビッグデータをAIで解析していく時代だ。データベースは今後も活用され続けるので、ITエンジニアとして必須な項目に違いない。しかし、これは独学が困難である。個人で複雑に絡み合うテーブルなんて作るだろうか?何100万を超えるような大量のデータを読み書きするようなアプリを作るだろうか?俺も個人で書籍を買って読んだりしているものの、中々勉強しづらいと感じる分野だ。だから最後に紹介した。仕事でDBをガンガン弄れる人は、無理してでも勉強しておいた方が後々役立つと思う。参考サイトは難解だが、一番詳しく、ためになる。

参考URL:SQLのインデックスとそのチューニングについてのオンラインブック

参考書籍:ITエンジニアのためのデータベース再入門

 

 

以上、栄誉あるニートエンジニアに乾杯!!!!!!あああああああ

NPOIを使った.NETによるEXCEL操作

 仕事で急遽NPOIを使う用必要があったので使用感と注意点について書いておく。

NPOIとは

 最初に述べると、Microsoftということもあって、.NETにもExcelを操作する標準クラスがもちろん存在する。しかしこれは非常に動作が重い。標準のクラスは対象となるExcelを一々起動して、それをマクロ的に操作するためである。要はVBAによるマクロを外部のVBで起動させるような感じだ。なので滅茶苦茶遅い。大量のファイルを裁こうなんて考えたら、大量のExcel.exeが起動することになり、メモリ消費地獄である(一応補足するが、EXCELファイルをダブルクリックしたとき、実際にはそのファイルをEXCEL.exeという実行ファイルが読み解くことで、EXCELの画面が表示される)。

 そこでNPOIである。NPOIとは.NETでEXCELの読み書きを行うためのオープンソースである。もともとJavaにPOIというEXCEL操作のオープンソースがあって、これを.NETで使えるようにしたもの。これは一々Excelを起動したりなんて馬鹿なことはせず、Excelファイルそれ自体をゴニョゴニョする仕組みだ。同じようなタイプで、ClosedXMLというオープンソースが存在するが、こちらはやや動作が不安定なので、実績15年、安定と信頼のNPOIを利用した方が手堅いだろう。

 

使用感

・動作が速い。少し書き込んだだけのファイルで試しただけだが、30近くのExcelファイルに対して、セル値の検索→変更→ファイルの書きこみまで一瞬だった。

・XLSM(マクロ有効ファイル)を開いてもバグらなかった。そんなに複雑ではないファイルで試したので、ゴリゴリのマクロシートだとどうなるかわからない。

・書き方が少し変わっている。Cellを(A, 5)や(8, 12)のような指定ではなく、ブック→シート→行→列 というような、順番に指定していくような書き方をする。

注意点

・.NetFrameWorkのバージョンについて、2.0か4.0以外ではうまく動かない可能性がある。4.5.2では動かないことを確認した。ちなみにWindows7の標準搭載.NETバージョンは3.5なので注意。※自分が作成した範囲では3.5でも動くことを確認した

・特定の値でセルを検索するというような仕組みが無い。これをやるには、自分で範囲内のセルを総舐めするような処理を書かないといけない。幸い、セルが何行目の何列目まで書かれているのか調べるためのメソッドが存在する。

参考

Excelファイルを C# と VB.NET で読み込む "正しい" 方法 - Qiita

【C#】NPOIを使ってExcelファイルを作成・編集する - Qiita


HTTPS・SSL化・TLS化について簡単に解説

 SSLTLSというのは、HTTPを暗号化するための仕組みである。要はHTTPS化とか言われるものを可能にするものである。どちらも似たような仕組みであるが、現在ではTLSの使用が推奨される。はてなブログTLSに対応していないとのことで、最近揉めているようだと聞く。そこで、ここら辺のワード整理と簡単な解説を記す。なお、俺は一介の新卒2年目プログラマーでネットワーク技術者でもない(実質的なプログラマー歴は数カ月)ので、実践ではなくあくまで独自に学習した理解からこの記事を書く。大筋は外れないと思うが、少々間違ってても怒らないでほしい。

HTTPとTLSSSLについて

 TLSSSLもHTTPを暗号化する仕組みの一つである。まずHTTPについて。簡単に言うと、HTTPは特定のWebサイト(Webサーバー)とのデータの送受信するための仕組みだ。送信の内容としては、Webサイトを見せてくれという要求だったり、ブログにコメントを投稿したりと多岐にわたる。Webサイトの住所はURL(ブラウザの上の方に表示されているやつだ)の「http://」以降の部分である。つまりURLは、「http://」以降の住所とHTTPでデータを送受信するというような情報を示している。我々が普段Webページを見るという行為は、ある住所に対して、お前のところにあるWebの情報をこっちにくれ、という要求情報を送信し、その返答を受け取るということである。

 次にSSLTLSについて。歴史から言うと、SSLTLSの順で開発された。冒頭で述べたが、SSLTLSもHTTPの通信を暗号化する仕組みだ。HTTPの説明で述べたように、Webページを開いたり、Amazonで商品を購入したりするとき、毎度毎度HTTPという仕組みを使った通信が発生する。通信が発生するということはデータのやり取りが発生するということだ。このデータを暗号化(データに手を加えて難読化すること)するのがSSLTLSである。第三者によってデータを盗み見されるのを防ぐためだ。

なお、細かい説明になるが、SSLというのは、NetScapeというネット聡明期に活躍したブラウザを開発していた企業が独自に開発した仕組みだ。その後、インターネットのHTTP通信全般に適用しやすいように、標準化しようということで開発されたものがTLSである。SSLは開発されてから時間が経つこともあり、脆弱性が発見されているため、現在は使用が非推奨とされている。したがって今回はてなに導入されるとすれば、TLSが選択されるだろう。よって厳密にはTLS化またはHTTPS化と言うべきだろう。

HTTPS化によって発生する問題はあるのか

 これについては知識が薄いので断定できないが、大きな問題にはならないだろう。HTTPの説明で述べたように、Webの住所は「http://」または「https://」以降によって決まる。つまりファイルの位置は変わらない。「https://」と記載する意味は、HTTPSを使って、すなわちTLSによる暗号化を加えたHTTPで通信するということに他ならないからである。したがって利用者が早急に対応すべき問題は特にないと思われる。あるとすれば、はてなブログと連携している他サービスがHTTPS化されていないとか、そういう部分だろう(仮にHTTPS未対応だとしても、もろもろの理由で問題は発生しにくいだろう)。

 

以上、参考になればうれしい。間違っていたらガンガン指摘してほしい。