人生、暇なり!!!孤独なりなり!!!

社会人2年目ぼっち男。口と手が動くプログラマーを目指す。友達と彼女作る。

HTTPS・SSL化・TLS化について簡単に解説

 SSLTLSというのは、HTTPを暗号化するための仕組みである。要はHTTPS化とか言われるものを可能にするものである。どちらも似たような仕組みであるが、現在ではTLSの使用が推奨される。はてなブログTLSに対応していないとのことで、最近揉めているようだと聞く。そこで、ここら辺のワード整理と簡単な解説を記す。なお、俺は一介の新卒2年目プログラマーでネットワーク技術者でもない(実質的なプログラマー歴は数カ月)ので、実践ではなくあくまで独自に学習した理解からこの記事を書く。大筋は外れないと思うが、少々間違ってても怒らないでほしい。

HTTPとTLSSSLについて

 TLSSSLもHTTPを暗号化する仕組みの一つである。まずHTTPについて。簡単に言うと、HTTPは特定のWebサイト(Webサーバー)とのデータの送受信するための仕組みだ。送信の内容としては、Webサイトを見せてくれという要求だったり、ブログにコメントを投稿したりと多岐にわたる。Webサイトの住所はURL(ブラウザの上の方に表示されているやつだ)の「http://」以降の部分である。つまりURLは、「http://」以降の住所とHTTPでデータを送受信するというような情報を示している。我々が普段Webページを見るという行為は、ある住所に対して、お前のところにあるWebの情報をこっちにくれ、という要求情報を送信し、その返答を受け取るということである。

 次にSSLTLSについて。歴史から言うと、SSLTLSの順で開発された。冒頭で述べたが、SSLTLSもHTTPの通信を暗号化する仕組みだ。HTTPの説明で述べたように、Webページを開いたり、Amazonで商品を購入したりするとき、毎度毎度HTTPという仕組みを使った通信が発生する。通信が発生するということはデータのやり取りが発生するということだ。このデータを暗号化(データに手を加えて難読化すること)するのがSSLTLSである。第三者によってデータを盗み見されるのを防ぐためだ。

なお、細かい説明になるが、SSLというのは、NetScapeというネット聡明期に活躍したブラウザを開発していた企業が独自に開発した仕組みだ。その後、インターネットのHTTP通信全般に適用しやすいように、標準化しようということで開発されたものがTLSである。SSLは開発されてから時間が経つこともあり、脆弱性が発見されているため、現在は使用が非推奨とされている。したがって今回はてなに導入されるとすれば、TLSが選択されるだろう。よって厳密にはTLS化またはHTTPS化と言うべきだろう。

HTTPS化によって発生する問題はあるのか

 これについては知識が薄いので断定できないが、大きな問題にはならないだろう。HTTPの説明で述べたように、Webの住所は「http://」または「https://」以降によって決まる。つまりファイルの位置は変わらない。「https://」と記載する意味は、HTTPSを使って、すなわちTLSによる暗号化を加えたHTTPで通信するということに他ならないからである。したがって利用者が早急に対応すべき問題は特にないと思われる。あるとすれば、はてなブログと連携している他サービスがHTTPS化されていないとか、そういう部分だろう(仮にHTTPS未対応だとしても、もろもろの理由で問題は発生しにくいだろう)。

 

以上、参考になればうれしい。間違っていたらガンガン指摘してほしい。

 

.NETのFileSystemWatcherクラスについて

.NETでファイル監視をするにあたってFileSystemWatcherクラスを扱ったので、それについてメモしておく。役立ったらうれしい。

 

FileSystemWatcherクラス

概要:

 .NETに標準で用意されているファイル監視用のクラス。監視するフォルダを指定すると、それに属するファイルの作成、変更、削除、名前変更をイベントとして検知してくれる。もちろんサブフォルダ内の監視も可能。各イベントに対してイベントハンドラを簡単に設定できるようになっている。公式リファレンスにデモコードが記載されているので、それを試すといいだろう。

注意点:

1つのファイルの作成や変更に対して、同じイベントとして複数回受け取ってしまうことがほとんど。たとえばファイルが作成されたとき、イベントハンドラ内でConsole.WriteLine(fileFullPath & "が作成されました")という処理が走るとしよう。このとき、1つのファイル作成時に全く同じログが2行3行と表示されてしまうということ。これについて個人的には、2回目以降の同一イベントを発生直後にExitさせるような処理で対応した。仕組みとしては以下。

イベントを発生させたファイルのフルパスを格納するHashSetを事前に用意しておく。イベントが発生したら、該当するファイルのフルパスを上記のHashSet内で検索し、なければ新たに挿入、既に存在すればイベントをExitする。これで同じイベントの処理が複数回走るのを防ぐことができる。イベントは非同期的に発生するため、処理の順番によっては1つ目のイベントがHashSetへの挿入を終える前に、二つ目の同一イベントが走りだしてしまう可能性も考えたが、今のところそういった問題は発生していない。

非同期プログラミングに詳しくないのでこれが普通なのか否か分からないが、イベント処理は完全なシングルスレッドで処理されるわけではない。立て続けにファイルが10個作成され、それぞれに対してイベントが1回ずつ走ったとしよう、その内4個はスレッドaで、残りの6つはスレッドbで処理されるなんてことが起こる。念のため留意しておいたほうが良いだろう。勘違いに注意して貰いたいが、一つのイベントはあくまで一つのスレッドで処理される。そこで問題が起きることは無い。

地味にCPU負荷が大きい。会社支給PCのCPU性能は忘れたが、2015年製のCoreI5モデルに対して、常時15%程度CPUを食う。公式のデモプログラムでそのレベルだった。

参考:

・公式リファレンス

・フォルダ、ファイルの変更を監視する: .NET Tips: C#, VB.NET

 

備考:

 監視対象フォルダにファイルが置かれたとき、それを検知して他の場所へ送信するというような処理を書く必要があったため、本クラスの利用を考えていた。しかしマルチスレッド的な動作になることがある、CPU負荷が大きいという点が引っかかった。Log書き込み時にガッチャンコしてエラー落ちするようなバグなどは避けたい。そこで最終的に本クラスは利用せず、一定時間ごとにバッチ処理するような仕組みで対応した。参考までに。

出来ないって普通じゃねえか

 最近、メンタルを消耗していた。社会人二年目だというのに、俺は何一つできない気がするからだ。職業はシステムエンジニアをやっているが、最近はたまにお客さんとの打ち合わせに、先輩と共に同席することがある。しかしそんな場で、俺はいつも緊張してぎこちなくなる。訪問先にある食堂で、先輩やお客さんと一緒に飯を食うこともあるのだが、俺は終始無言だ。黙々と飯を食う。

打ち合わせ参加とはいえ、特に発言することを求められているポジションでもない。今の俺に求められることは、打ち合わせに参加して、お客さんの業務を理解すること。そして社内に戻ってから、それに合わせたプログラムの仕様を考え、実装することだ。だから必然的に、お客さんから俺に対する問いかけは殆ど発生しない。だから無言でいいと言えばいいのである。

しかし果たして俺は社会人としてこれでいいのだろうかと疑問に思う。たとえば黙々と飯を食うこの行為は・・・。普通にコミュニケーションが取れないなんて。もう二年目も1/3が過ぎている24歳なのに。

 今日もまたそんな感じだった。打ち合わせの後、先輩達は訪問先でもう一仕事あるというので、俺は一足先に自社へ戻ることになり、一人で列車に乗り込んだ。1時間程度の乗車時間にボーっと考えていた。なんでこんな情けないんだろうと、いつも通り。

だが、眠たい頭で考えていた時に、ふと気が付いたんだな。経験の浅いこと・苦手なことは出来ないのが普通なんじゃないかってことに。だってそうだろう。俺は元来、ただでさえ人と話すのが苦手な人間だ。それは性格であり、生まれながらの気質に他ならない。そんな人間が会社の大事なお客さんのところへ、あまり馴染みのない先輩たちと共に訪問するのだ。まだ場数だって踏んでいない。そりゃ緊張しないはずが無いじゃないか。まともに喋れるはずがない。俺は自分が急におしゃべりになることでも期待していたんだろうか。それこそ現実的じゃない。

さらにもう一つ、自分の出来ないことに焦点を当てすぎていた。俺にもできることがあるということを、ついつい忘れてしまう。

 うちの会社には自社プログラマーがいない。外部企業から派遣されている方にその役を任せている。社員は主にお客さんとの折半や、メンバー管理、費用計算などの管理業務がメイン。管理業務をする方が、儲けが大きいからだ。要は建設業界におけるピラミッド構造の頭、ゼネコンが儲かる仕組みと同じだな。

 そんな中、俺は2年目にもなって社員としてただ一人プログラマーを担っている。若手だから単価が安い(=儲けが少なくてもいい)というのもあるが、仕様書無しで細かい連携プログラムや各種スクリプトに対応できる(してくれる)人間が、外部から来ている方を含めてほとんどいないからだ。今までこうした細かいプログラムの類は、さらなる外注で対応していたらしいのだが、Windows関連からWeb関連まで概ね対応できる2年目がいるから、そいつに回されることが増えた。詰まる所そいつは俺だ。

最近は外注費も上がったし、外に出すと社内に技術が残らないことがジワジワと問題視されてきたからだろう。とはいえ儲けはそんなに大きくないはずだ。俺はプログラムがべらぼうに出来るわけじゃないし、工数だってそれなりに掛かるからだ。

だが!これは確かに自分がそれなりにこなせている仕事に違いない。責任を持ってやっている。俺は任される以上、出来る限り保守・再利用しやすいプログラムを期限内・指定工数内で作成してきた。時に難解なものに出くわせば、帰宅後や休日に勉強をしてでも対応している。不明・曖昧な点についてすぐに先輩と仕様の確認をすることで、大きく要件の趣旨を外したこともないが、これも内作ゆえの利点だ。俺はきっと、社内でそれなりのメリットを生み出せているのだ。そう思うと自信が出る。

 少々大げさに良い面を書き連ねたが、悪い面だけでなくいい面を探せば、俺も何とか自分の出来ることで会社に貢献しているし、お金を生み出せているのだろう。そして、苦手なことや不慣れなことはうまく出来ないのが普通なんだ。もちろん、ずっとできないままじゃヤバいから、いつかは出来るようにしよう思っている。だが、いい面も見つつ、少しずつ出来るようにしていけばいいんだな。

 

なお、現在はマルチスレッドで非同期的に処理し、なおかつ各々のスレッドが同一のファイルを操作するようなプログラムを組む必要に迫られ、中々死にそうだよ(笑)しかしこれを乗り越えれば、また一つスキルアップできるだろう。そう思って来週も頑張る(休み中に学習が必要だな・・・)

お盆休みを過ごして、ぼっち社会人でいることは本気でヤバいと気が付いた

 お盆休みが、ついに、終わる。あと5時間(現在19時前)だ。今年のお盆休み、皆さんいかが過ごされただろうか。俺はすばらしい1週間マイナス1日だった。来る日も来る日も、家の近くを少し散歩したり、街に少し出かけたりして、あとは家で適当にゲームかネット。虚無感に満ちた素晴らしい日々。

社会人になって如実に感じるのは、今までの人生の貯金によって、会社に居る以外の時間の充実度が大きく変わるということ。俺は高校時代のある出来事を境として、人間関係というものに大きく挫折して以来、人と関わらない道を無意識のレベルで選択するような人生を生きてきた。誰とも関わらないように生きると、恐ろしいほど何も起こらない人生を歩むことができる。そしてそれは俺のように、何も持たない人間を生む。

無意識レベルで徹底して人を避けるような人生を歩んでいる人間を自分以外にあまり見たことが無い(恐らく結構な数いると思うけど、そもそも遭遇しないのだろう)けど、そういう人間であれば上記のことに頷いてくれるだろう。恐らく人間という生き物は、他の生身の人間と感情を共有して初めて、生活をしているという実感を得ることができるのだと思う。淡々とゲームやネットをするのは確かに楽しい部分もあるけど、活動したという実感がない。やはり人との関りがなければダメなんだな。

 

 そんなことを今更ながら確信しつつ、今回のお盆休み。もうダメだと思った。痛恨の一撃。何とかしないとヤバイ。生き物としての本能が警鐘を鳴らしている。どこかで病に倒れなければ後60年くらい生きるのだろう。であるならば、どこかでこの状況に終止符を打たなければ、何十回とこの悶々とした時間を過ごすことになる。そう考えると、これは本気でヤバいと思った。歳を取って、本当に気力が萎えてしまった時、下手したら命を絶つ可能性だって無きにしも非ず。

幸い俺は昔ほど人との関りが億劫ではなくなった。社会人という身軽さ故だ。家族に対して、学校に通うという義務を負うこともなくなった。金だって自分で稼ぐことができる。最近は出会い系を始めたり、街コンに参加してみようと思ったり、ITの勉強会に行ってみようと調べたり、テニスを習おうか考えたり、勇気が無くて実際に人とはまだ会ってはいないけど、そういう選択肢が頭の中に出始めている。

とりあえず出会い系は本格的に活動を始めた。ITの学習に関しても、一時期いろいろあって気力が萎えていたのだが、今日これから再開する。そして勉強会へ行く。もうダメだ。時間を浪費するだけのぼっちは御免だ。このままだと身体の前に精神が死ぬ。来週の土日こそ街コンに行く。もうやだもうむり。何とかする。じゃないと生きている意味がない

 

夏になると小学生時代を思い出す

 今年の夏は暑いな。公園で無邪気に走り回っている子供達の元気はどこから湧いてくるんだろうか。信じられないエネルギーだと思う。あいつらを見ていると、小学生時代を思い出す。俺の全盛期は間違いなく小学生時代だった。背は小さかったが、地元の小学校では運動神経も頭も良い方で、友達はたくさんいた。

この時期は毎日毎日飽きもせず、校庭でサッカーと鬼ごっこをして遊んだ。たまに市民プールにも行った。ガッツリ泳いだ後に、向かいの駄菓子屋で食うアイスキャンディーは格別だった。とにかく幸せな時間だけが過ぎていった。今の子たちは相変わらず俺みたいな遊びをしているんだろうか。どんどん新しいもの、遊びが出てきたから、もしかしたら変わっちまってるのかもしれないな。

 今の生活や状況が特別不幸だとは思わない。たぶん俺みたいなやつはたくさんいるんだろうから。しかし今、あの頃の幸福感からほど遠いってことは確かだ。たぶん取り戻すのは不可能だろう。無邪気に幸福を感じられないほど、嫌な経験を積んできたからな。脳みそを取り換えでもしない限り、悪い記憶が素直な幸福感を受け入れる邪魔をするだろう。だが最近、それでいいとも思うようになった。

昔の良い思い出を使って、今の生活を不幸に思うのは単なる馬鹿だ。良い思い出は、今の気持ちを豊かにするために使うべきだ。皆きっと、今まで生きてきた中で、全盛期みたいな時期があるんだろう。それを超える体験や感情を味わおうと望むことは確かに大切だ。だがこれは運も絡む。努力したからと言って成功するわけでも幸福になれるわけでもない。いつまでも高みを目指して、手に入るまで自分は幸福ではないと思い続けるのはしんどい。過去と現在は切り離すべきだ。

過去の良い思い出で気持ちを奮い立たせ、今の小さな幸せで気持ちを潤わせる。そうしなければ、生きていくことができなくなっちまうんだな。俺はこれまで、そういう馬鹿なことを何度も繰り返してきた。だがもう少しで決別できそうな気がする。

 

 どうでもいいが、お盆休みが半分終わりかけている。あと3日、合コンと風俗と学習に費やす!俺はこれから、とにかくやりたいことをやりまくる。自分の生きたいように生きまくる。今年の残り3ケ月半の目標は、とにかくやりたいことをやること、ITを仕事にする上で必要なスキルを全力で高めること。やってやるぜ。

 

今は結構いい気分だ。子供の頃の幸せな記憶を思い出したからな。

とりあえず近くの定食屋に食いに行った話

 会社から帰ってきて、特にやることもなかったから、アパート近くの旨くて安い定食屋に行った。全品650円で、ハンバーグ定食、オムライス定食・・・なんてよくある定食が確か6種類くらい。メニューは毎日同じ。今日は唐揚げ定食を頼んだ。席の数が少なくて、入れるのはせいぜい15人程度。本当にこじんまりとした店だ。近所のじいさんばあさんが集う店で、俺みたいな若い奴は極めて珍しい。入った瞬間、みんな俺のことを一瞥して、一拍置いてから、途中だった雑談に戻っていった。

常連というほどではないが、1カ月に一度くらいはここに来る。ボリューミーで健康的で、なおかつ安い。大皿に中指と親指で丸を作ったくらいのサイズの唐揚げが5個と、拳くらいのポテトサラダ、空いた隙間にサラダが乗って出てくる。ご飯とみそ汁と漬物付き。こんな充実した店は滅多にない。店内は結構賑やかだ。じいさんばあさんが引っ切り無しに喋っていて、そこへ店主のばあさん二人がときどき茶々を入れる。もちろん俺が雑談に混ざることは無い。テレビの歴代力士ランキングなるものを見ながら、何とも言えない雰囲気を堪能する。

大方平らげると、いいタイミングでコーヒーが運ばれてくる。パウダーみたいなやつを溶かすタイプのインスタントコーヒーだが、この安っぽさが妙に雰囲気にマッチしてて美味く感じるから不思議だ。コーヒーをすすりながら年寄りの雑談に耳を傾けていると、90歳だという1人のばあさんが自身の健康診断の結果を語りだした。どうやら心臓に重度の異常があるらしい。今までにも何度か手術を受けたことがあるらしく、今回もまたメスを入れるんだそうだ。

そのばあさんは体調的には元気そうだったが、やはりどこか悲壮感が漂っていた。二週間後に手術だという話だから、そりゃそうだ。他の年寄りも頑張って勇気づけていたが、ばあさんの声は弱弱しかった。みんなで一通り励まし合った後、また元気になったら来るからと、一言残してばあさんは歩いて帰っていった。

少し寂しい雰囲気が過ぎ去った後も、相変わらず年寄りの雑談は賑やかだった。時折、さっきのばあさんの話題が上がったが、あんな風に弱気になる前に沢山遊ばなくちゃ、とパワフルなジジババ共。思うにあの年になると、身近な人間が死ぬことなんて結構当たり前になっていて、今さら大して悲しむ程のことではないんだろう。

と考えつつ、身近な人の死は確かに悲しいが、1年、また1年と経つごとに、結構どうでも良くなっているものだと思った。母方のばあさんが死んだときも、父方のばあさんが死んだときも、数週間程度は悲しかったが、そのあとはどんどん記憶から薄れていった。本人からすれば、死は最も重要かつ恐ろしいことだが、他人から見ればそれすらも、あくまで他人事。

お兄さんまた来てな、というばあさん店主その1の声に相槌を打ちながら店を出た。商店街のアーケードを抜けながら、24歳彼女いない歴年齢の虚しさを嘆いた。

 

千文字!文学風!

 

 

 

 

【対処法】声出すときに喉が詰まる・捻じれるヒトへ

 声が詰まる人っているだろう。というか、喉が詰まる。声を出そうとすると、喉がグッと詰まったような、力が入ったような感じになって声が上手く出ない、声が抜ける。実は俺もそういう症状に10年くらい悩まされてきた。多分、人生を上手くやってこれなかった理由の40%くらいをこれが占める。男でまともな声が出せないってのは致命傷なんだよ。声が弱い、出ない=生物として弱いだからな。男が生物として弱いとか、救いようのないゴミクズみたいなもんだろ、世間的には。

そんな俺も24歳になって、今では幾らか改善した。ぶっちゃけ死ぬほど悩んできたし、苦しんできた。多くの他人には到底理解できないレベル。声がまともに出ないってマジヤバイよ。ホントに死にたくなる。だから経験を元に対策やメンタルの保ち方を書こうと思う。あくまで対処療法だけどな。

 

 

①出しやすい声の高さを知る

 まずこれ。自分はどの高さの声が一番出しやすいか確認しよう。これは人によっては一番即効性があるだろう。俺はそれまで出していた声を4~6音くらい上げた位が丁度良い事に気が付いた。

「音」っていう単位についての説明だが、1オクターブって言葉を聞いたことがあると思う。要はドレミファソラシドって音があるときに、最後の「ド」は最初の「ド」よりも1オクターブ高いということになる。そして1オクターブ内には実は12音ある。

「ド・ド♯・レ・レ♯・ミ・ファ・ファ♯・ソ・ソ♯・ラ・ラ♯・シ・ド」って順番だ。俺はそれまで下の「ド」で出していた地声を、「ファ」~「ソ」あたりで出すようになったってこと。大体の奴が扱える声の音域ってのは2~2.5オクターブ=24~30音くらいだそうだ。そのうちで4~6音上げるってのは大きな違いだよな。

だから、声の高さを変えてみて、一番出しやすい音を探ってみてほしい。ちなみにコツとしては、一番低い音から4~6音上げる。つまり、パッと出せる(無理せず出せる)一番低い音で「ドー」っとうめきながら、そのままドレミファ・・・と音を上げていき、「ファ」か「ソ」あたりの声を出すということ。このあたりの声が、一般的にその人の中で通りやすい声の高さなんだそうだ。試してみてほしい。

 

②喉から意識を反らす

 声が出にくいっていうんで、喉の力の入れ具合を変えたら上手くいくんじゃないかって思いがちだが、これはドツボにハマるからやめておけ。本来声ってのは喉なんて意識せずに出すものだ。意識する時点で間違っている。だから喉の代わりに、他の部位や音に注意を向ける。それか話相手の顔にだ。

①で説明したように、自分の出しやすい声の音域を意識するのは即効性がある。無意識に低すぎたり高すぎたりする声を出している可能性は高い。一番出しやすい声の高さを出すことに注力する。それが今出している声より低いのか高いのか分らなければ、とりあえず音の高さを変えてみればいい。

体の部位で意識するとオススメなのは幾つかあるので列挙すると、足の裏、鼻の頭、上の前歯の隙間だ。声の出し方としては、足の裏をしっかりと地べたに着けて、そこから上にあげるイメージで声を出す。鼻の頭(眉間のちょっと下あたり)を響かせるイメージで声を出す。上の前歯の隙間に音を通すイメージで声を出す。その時々によって、効く効かないがあるから、パターンを変えてみるといいだろう。

 

③その他の対処法

 まず1つ目は、体をほぐす動作をする、という対処法。大体、声が上手く出せない人というのは首や肩や顎の筋肉が凝り固まっている。だからといって喉を意識するのは良くない。そこで、顎を大きく開ける・横にスライドさせる、首を回す、両肩の肩甲骨をギュッと寄せる、背筋を伸ばす、などの動作をすると、いくらか声が出やすくなる。これは声を出す前のルーティン的にやるのがお勧めだ。これをやっておけば、筋肉がほぐれて実際に声が出やすくなるから、幾らか気持ち的に楽になるだろう。

 2つ目は対処法ではないが、声を出す練習をしておくということだ。①で述べた出しやすい声で、音読をするといい。練習をしておくと、声を出すうえでの自信が高まるという単純な話。おすすめは学校や仕事で必要となる勉強関連の書籍がいいだろう。俺はかなりの量を音読破したおかげで、結構知識が身に付いて、仕事に役立っている(IT系勤めだからな)。

 

④メンタルの保ち方

 最初に言うが、声が異常に出にくいという症状を抱えながらまともなメンタルを保つのは途方もなく難しい。病むこともあるだろう。だが死は選ぶな。絶対良くなると思え。俺は実際に幾らか良くなった。10年かかったけどなwwwwしかし未だに喉が詰まったり、筋肉的に痛むことがある(捩じれるような感覚)。

その上での保ち方だが、まず重要なのは、自分は全く悪くないということを理解することだ。声の障害というのは何かの拍子に突然発生するものだ。だから俺もあなたも全く悪くない。そしてメンタル的に弱いわけでもない。こんな糞みたいな障害を抱えつつ生きてるんだ。普通の人よりよっぽどメンタル強いから(これマジで)。実際俺は強メンタルと言われている。

そしてやはり、絶対に絶対に絶対に良くなると思うことだ。最初に夢をつぶしておくが、完治することはまずないと思え。特に長年患ってる人。いくら良くなっても喉の捻じれるような、詰まるような感覚は抜けないし、調子の悪い時はマジで声が出ない。それでも少しずつ明るく生きられるようになった例がここにある。良くなるんだ。俺はこれから人生やり直す!

 

終わりに

 この症状には一応名前が付いていて、「痙攣性発声障害」、「機能性発生障害」、場合によっては「ヒステリー球」や「喉のジストニア」なんて呼ばれることがある。症状を見る限り俺はどれなのかわからない。しかし同様なのは、喉が誤作動することによって、上手く声が出ないということだ。

声をよく使う人、特に歌手にも多い。ゴールデンボンバーの鬼龍院さん、コブクロの小渕さん、ナイトメアのYomiさん、、、などなど有名どころも患っている。コブクロの小渕さんは復調したらしいが、他のお二人は未だ不調らしい。歌手という、声が最大の売りである方々がこの障害を患ったときの苦しみは計り知れない。

しかし、素晴らしい声を持った人でも、この障害を患ってしまうことがあるということだ。彼らが、俺が、これを読んでいるあなたが悪いわけじゃないし、甘えでもない。だから自分を責めずに、何とか対処していこう。

 

以上、読んでくれてありがとう!